海岸

そこは海であっても海水浴場ではなかった。発動機のついた小型漁船が陸に揚げられ並んでいる、そういう場所だった。
そこから波打ち際まで行くことも出来たが、さすがに漁船の近くを通るのは気が引けた。仕事場を、無関係な人間が軽い気持ちで通り抜けていいものではない。
だから、波打ち際まで降りる道を探して、そこを歩いていった。


時刻はすでに昼。自宅を出てから3時間以上が経過していた。
この日気温は高く、波も風もおだやかで、冬の海から連想されるステレオタイプな光景は一つもなかったが、それが海のせいではない。これも冬の海の一つの顔なのだと、そう思って楽しむことにした。

腰掛けられる大きさの岩を見つけて、腰をおろし、メモを取り出し、最初の目的である「考えをまとめる」行為にとりかかる。



何も思いつかない。

弱くても確実に存在する潮風が諸々のことをはぎとってしまい、単調だが新鮮な光景が波のように次々に迫ってくる。こういう状況で、考え事を掘り返そうとしても無駄だと思った。
だから、ただ、目の前にあるものを、あるがまま全身で受け止めようと、立ち上がった。